棋士のピークを超えて勝ち続けるには DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文

棋士のピークを超えて勝ち続けるには DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文

何百円かした割には文章量は少なかった。

 

ハーバードに寄稿した論文なのだろうか。出典はよくわからん。

 

40歳を過ぎた頃から記憶力や集中力、計算力が衰え、下り坂に直面していると身を持って感じている。これらの力は、必ず低下するものなので、維持するための努力はしていない。

全体の形勢判断や、一局のなかで思いついた手の良し悪しの判断が、若い頃よりよくなっているという実感がある。

40代を迎えた棋士は将棋のスタイル自体を変えていかざるをえなくなる。多くのベテランは自分の得意な形をいくつか持ち、そこに誘導して戦っていくのが主流となっている。

しかし、私はまだ、新たなスタイルに移行していない。いま自分のスタイルを絞り込んでしまうのではなく、まだ間口を広く取っておきたいと考えているからだ。

覆す力 (小学館新書)

覆す力 (小学館新書)

森内俊之  棋士番号183

タイトル獲得12期、十八世名人資格所有

 

強靭な受けから鉄板流の異名を持つ。

 

森内さんは、地味に強いながらも派手さはなく、永世名人を羽生さんより早く獲得するも他の棋戦での勝率はかんばしくなく(3割名人と呼ばれたと自分で書いている)、あまり好きな棋士ではなかった。

 

2014年に発行されたこの本は、森内さんが将棋を覚えたときから奨励会に入って島研に参加、プロになってタイトルで他の棋士と取ったり取られたりするまでのことが書いてある。タイトル戦での心理なども書かれている。

あまり自分のことを語りたがる人ではないように思っていたので意外だった。そして2016年にA級から陥落するとフリークラスに転出している。第一線から退く日は近いと思ってこの本を書いたのかもしれない。

 

ライバルは羽生さんかと思いきや、小学生の頃に森内さんが初段にたいし羽生さんは4段で、もう差がついていた。奨励会でも羽生さんは別格でライバルという感じではなかったようである。それよりも、同期や年下の佐藤さん、郷田さん、三浦さんといった人が先にタイトルを取ったことがつらかったようである。

 

覆す力とあるが、特別な秘訣はない。地道な努力である。そしてスランプは力を貯めるインプット。インプットの時間が長いほどアウトプットは爆発的になる。

 

勝つためにこだわりを捨てて、序盤は研究の成果に頼るように頭を切り替えた。あるように、やっぱり途中で正しい将棋より勝つ将棋に切り替えたようである。

 

逆転の妙手はないが、逆転を許す悪手はあるというのは森内将棋を表す言葉であろう。

 

過去のエピソードで面白い部分

奨励会員でファミレスに行くとじゃんけんで負けたものが支払う。森内さんは皆の出す手の傾向を覚えていたのであまり支払ったことがない。支払う人はだいたい決まっていた。

島研では負けると段位×1000円の罰金を支払う。積立金総取りは12勝1敗。羽生さんが取りそうになったので規定を変えた。

島研解散時には200万円近く溜まっていたので温泉旅行と残ったお金で駒を買った。

成長段階で勝ち負けの理想のバランスは7対3くらい

長考力 1000手先を読む技術 (幻冬舎新書)

長考力 1000手先を読む技術 (幻冬舎新書)

佐藤康光  棋士番号182

タイトル獲得通算13期 名人通算2期、永世棋聖の資格を持つ

 

正確な読みや、1秒に1億と3手読むと言われることから緻密流と呼ばれる。

 

佐藤さんといえば、以前は矢倉など伝統的な戦型を使う棋士だったが、次第に変則的な誰も指さない戦型に挑んでいるという印象である。

 

この本では、読み筋が他の棋士と合わないということを言っているので、そういったところで変則戦法を使うようになった理由があるのだろう。

 

タイトルに長考力とあるが、あまり長考に関する論考は多くない。

 

以下、印象的な一節。

定跡や通説、あるいは誰かの研究の成果を鵜呑みにして、自分の力で考えずにある局面を通り過ぎようとするときが、実は一番危ない。

棋譜用紙を確認するのは、自分の感覚と実際の消費時間のズレを確認するため。

負けるとホテルを変えたら連敗で泊まるホテルがなくなった。

キウイを食べたら勝ったので食べ続けた。

自覚できる好不調と現実の結果は必ずしも一致しない。すごく調子がいいと実感していても勝率が上がらないこともしばしばある。

 

 

 

聖の青春

聖の青春 (角川文庫)

棋士番号180 

タイトル挑戦1回、獲得なし。順位戦最高位A級

 

1998年に29歳の若さで病のため亡くなった棋士。終盤の読みの鋭さから終盤は村山に聞けという言葉が将棋界にあるほどだ。

この本は、その棋士の生い立ちから死去までを記したノンフィクション。売れたし、映画化もされているので、ご存じの方も多いかと思う。

 

当時は将棋世界を買っていたので、表紙に村山さんが亡くなったというのが載っていたときは驚いた。病気で休場していたが、まさか亡くなるとは思っていなかった。

 

森信雄さんが師匠になるまで(通っていた将棋道場の責任者に入門は1年待てと言われたため、別の師匠として森信雄さんを見つけ入門しようとしたが、その道場とつながりのある棋士から待ったがかかった)や、佐藤康光さんとのエピソード(村山さんと佐藤さんは直接会話はせず、飲みに行っても必ず間に人を挟んだ。たぶん佐藤さんの将棋の適当なところが村山さんに認められていなかったのではとの佐藤さんの談)は初めて読んだ。