第64回テレビ将棋トーナメント 1回戦 第18局 香川愛生女流王将×熊坂学五段

とても良い対局だった。解説の中村八段は香川女流の師匠ということで、解説役に選ばれたのだが、あまり役には立っていなかった。でも、両者にたいして思い入れがあったようなのでそこは良かった。


熊坂さんについて語ると長くなってしまうのだが、簡単に言うと難関のプロテストを受かったものの、そこからの成績がまったくふるわず最短で引退に追い込まれつつある棋士ということになる。その引退の期日は今年度である。よっぽど良い成績をとらない限り延命は無理で、しかしNHK杯で優勝すればよい。しかし、まあ優勝できるくらいなら他の方法で延命できているだろう。


そんな彼の状態を知っているのだろう、中村さんも対局者が弟子でありながら対戦相手の熊坂さんにちょっと優しかった。


私も、そんな熊坂五段(通称クマー)を注目していた。フリークラスになってからも当時アマチュアだった瀬川さんのプロ試験の試験官に勝手に選ばれつつ辞退したとか、女流にころっと負かされるなどネタには欠かない棋士だった。
一方で女流に負けたのに感想戦はたんたんとしてたり、収入激減したのに結婚をしてしまい、それなのにツイッターではサッカーの話ばかりしてるというあまり真剣味を感じなかった彼の姿勢は、ひょっとしたら家が資産家なのかもしれないという気もして、応援しようと思わずに月日は流れていた。


そんなこともあり今日の対極だ。
戦型は先手香川女流の早石田に後手熊坂五段の居飛車天守閣美濃という戦い。後手の囲いは歴史ある囲いだが、現代では使われていない勝ちにくい形のように見える。

まだ駒組みを続けるてもあっただろうが、後手の5五歩に先手が反発。これなら後手の天守閣美濃の玉頭を狙われにくいが、6,7筋の折衝はどちらがポイントをあげるのだろう。



感想戦で熊坂さんは後手が8五歩の一手が入っていないことを指摘していた。この手をいれておけば後手から8六歩の反発をしておけるのだが、それができないし8四飛と逃げることもできない。後手は制約を受けている。



ここで後手から5七歩を入れた。先手が金を避ければ後手も銀を下がって一息入れるというわけだ。



しかし、先手は歩をとった。こうなれば後手も銀をすりこむ。先手も、どこかで7四歩を入れておきたかったというのはあるようである。感想戦では熊坂さん、このあたり自身がなかったということだ。素人目にも先手のほうがよさそうに見える。
先手が2二角成とすると後手の玉が2二にきてしまう。王手飛車の筋があるのだ。



後手は王手飛車の筋を避けた。しかし、このあたり先手に何か良い手がありそうと解説の中村八段。しかし、今日の中村八段の解説は当てにならなかった。



歩を連打した後の香川女流の手は銀を重ね打ち。後手の玉のコビンは急所ではあるが、違和感は感じる手だ。



先手は6三歩成を敢行。ここから王手飛車の筋を絡めて攻めるのが先手のねらい。ここで後手は同金をする手を中村さんは解説していたが、熊坂さんの手は同玉。どの手がよかったのかは感想戦も時間がなくて、はっきりした結論は出ていない。とにかく、このあたり後手劣勢が共通見解だったようだ。



この銀に後手は同玉とは取れない。王手飛車をくらう。
後手は玉を下がるが、そうなると先手の攻めもいまいち決め手がなかったということになるのかもしれない。



飛車交換後、一段目に飛車を打ち下ろした先手。平凡ながら厳しい手に見える。ここで後手は端角。一見はっとする手だが、銀2枚とっても角の位置が悪いのだ。
やっぱり熊坂さんは弱い棋士だ。失礼ながらこのときはそう思った。



先手は攻め続け後手の王様は風前の灯。いくつか他に有力な手はあったがこれで先手が勝ちに見える。感想戦でも香川女流はこれで勝ちだと思ったとの言葉だ。



ここで後手が角で銀を取らずに4八歩といったのが勝因の一つだと思う。他に自玉に手を入れる手も見えるが、6三飛車成と金を取られてしまう。
この歩打ちが入ったことで後手の王様もかなり危なくなった。中村八段がいうには、この手が入ると後手は安心するということだ。駒の入手によっては先手玉が即詰みになるので、後手は受けに回る手も出てくるというわけだ。



と中村さんがほめたのもつかのま熊坂さんは金を打ってしまった。さっきまであった3九飛車切りからの即詰みの筋が消えている。この瞬間に先手は攻めてくる。でも、これもひょっとしたら熊坂さんは読みきっていたのかもしれない。



先手は攻めてくる。最後に当たりになっていた銀をさけつつ相手玉をしばった。悪い攻めにはみえない。ただ、これで後手玉が詰めろになっているかどうか分からない。



この手を指したとき、中村さんは「行け、熊坂」と叫んだ。
自玉に詰みがないと見切った手。といいたいところだが、熊坂さんが負けるときはこういったところであっさり負けてるので、単に読みきれないときは勝負が早くつくほうを選んで、それが今回はたまたま良いほうに転んだというふうにも見える。



後手玉は詰まなかった。でも、ここから下手な手を指して逆転してしまうのではないかとちょっと心配だった。



私の心配をよそに確実に勝ちを決めた熊坂さん。おめでとう。
NHK杯優勝まで、あと5回勝てば良い。奇跡をみせてくれ。