沖縄の貧困率は全国の2倍である。
沖縄には観光という大きな資源があるにも関わらずだ。
沖縄の種類製造メーカーには酒税の優遇措置がある。復帰したときに、本土産のメーカーと競争になるので古くからある沖縄のメーカーを保護しようということになったためだ。
また、1995年に起きた、米兵による暴行事件では、各市町村に補助金を交付することによって政府は収束をはかった。
基地関連による消費は沖縄経済の中で5%程度だそうで、それを理由に基地反対派は沖縄から基地がなくなっても困らないと主張する。しかし、それはあくまで基地関連の直接的な支出である。上記の減税や補助金などを含めると2割から3割くらいは国からの補助でまかなわれてるということだ。
さて、そういったところも興味深いのだが、この本の著者のテーマは別にある。私ももっとも面白かったのはその部分だ。
沖縄が貧困のままの理由。ひとつは、上記の優遇措置があるため、競争原理が働かないということだ。
だが、もうひとつ理由はあって、それが沖縄の県民性だという。
うちなータイムという言葉がある。例えば飲み会で8時集合とあると、開始は9時頃になるというものだ。
では、そんないい加減でおおらかだから、外部のものは何でも取り入れるかというとそうではないらしい。
むしろ消費は極端に保守的らしい。たとえば、飲み会なども、知り合いがやってる沖縄料理に行くのが定番となっており、別の店にはいけない。散髪なども親戚の店。そういった地縁や知り合いといったものに縛られるのである。
沖縄では人と違ったものは排除され、人は排除されることを極端に恐れる。小学校でも勉強ができる人間は「マーメー」と呼ばれいじめの対象になるのだそうだ。
そのかわり、枠からはみ出していなければ、相互がかばいあう。上司とはいえ仕事のことで他人に不用意に注意すると、集団無視されるようなことになってしまう。
そういったところから、沖縄では破天荒な経営者というのはでてこず、芸能人やスポーツ関係に著名人が多い。他県と競争するような産業や会社ができず、経済も発展しないということだ。
著者によれば、日本と沖縄の構造は、世界と日本の関係と共通する部分があるとのことだ。たしかに、日本全体も世界から見れば、できるものは排除し枠の中にいるものはかばいあう部分がある。
これらの風土には、いい部分も悪い部分もあるので、それぞれが居心地がいい場所を見つけていくべきだろう。ただ、子供が勉強するのをバカにする風潮はなくなってほしいね。